硝子体とは

硝子体とは眼球内にある無色、透明のゼリー状の物質で、顕微鏡で細かく見るとコラーゲン線維の3次元網状構造のあいだに、ヒアルロン酸が充満しています。硝子体は年齢が若いころはしっかりと張りがあり、眼球内をほぼ満たして外力からのクッションの役割も果たします。しかし加齢とともに硝子体は徐々に収縮し後部硝子体ポケットと呼ばれる液状部ができ、更に収縮すると眼球の後方との緩い接着が外れ、後部硝子体剥離という状態となり、ゼリー状の部分と液状の部分に分かれます。

1. 眼球内にある無色、透明のゼリー状の硝子体は年齢が若いころはしっかりと張りがあり、眼球内をほぼ満たして外力からのクッションの役割も果たします。

2. 加齢とともに硝子体は徐々に収縮し後部硝子体ポケットと呼ばれる液状部ができます。

3. 更に収縮すると眼球の後方との緩い接着が外れ、後部硝子体剥離という状態となり、ゼリー状の部分と液状の部分に分かれます。

硝子体手術が必要になる病気や状態

この加齢による後部硝子体剥離に伴って黄斑前膜、黄斑円孔、網膜剥離などの病気が発生し、この場合硝子体手術が必要となります。

糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などに伴って網膜に生えてきた新しい弱い血管からの出血が硝子体内に滞留すると硝子体出血となります。硝子体出血を起こすと光が網膜に届かなくなるため硝子体手術が必要となります。

白内障手術中や術後の合併症により水晶体の一部や眼内レンズが硝子体内に落下することがあります。この場合、落下した水晶体や眼内レンズを除去するために硝子体手術が必要となります。

図左 黄斑前膜:後部硝子体剥離の時に黄斑部の上に残ってしまった硝子体ポケットの後ろ側の膜が収縮して、網膜をゆがませている状態。

図右 網膜剥離:後部硝子体剥離が起きるときに、元々硝子体と網膜の接着の強い部分が裂けて、網膜の下に液化硝子体が回って網膜が剥がれた状態。

図左 硝子体出血:糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などに伴って網膜に生えてきた新しい弱い血管からの出血が硝子体内に滞留した状態。

図右 水晶体落下:白内障手術時に後嚢が破損したり、チン氏帯が弱い場合に水晶体が硝子体内に落下した状態。

硝子体手術とは

硝子体は単なるゼリーではなくコラーゲン線維の網状構造があるため、簡単に取り除くことはできません。硝子体手術は硝子体をカッターで細断しながら吸引・除去するとともに、上記のような視力の妨げとなる状態を改善させる手術です。手術器具を硝子体内に入れること自体が網膜剥離などの合併症のリスクとなるため安全に遂行するためには豊富な経験と最新の手術器械、手術知識が必要となります。

図左 硝子体手術:硝子体内に手術器具を入れて、硝子体をカッターで細断しながら吸引するとともに、視力の妨げとなる様々な状態を改善させる手術です。

図右 硝子体手術装置:当院ではAlcon社のコンステレーション®ビジョンシステムを使用します。リアルタイムの灌流調整により手術中の眼の中の圧力が安定し、安全な手術を行うことができます。

図左 硝子体カッター:硝子体カッターの先端では内部の刃がギロチン状に往復し硝子体を細断しながら吸引します。最新のカッターはベベルデザインにより、網膜表面への距離が近くなり、より精細な手術を行えます。

図右 広角観察顕微鏡システム:Carl Zeiss社のハイエンド眼科手術顕微鏡 OPMI Lumera700と広角眼底観察システムResightにより、硝子体内を広い視野で確認しながら、より安全に手術を行います。

黄斑前膜の手術

黄斑前膜とは、多くの場合、加齢による後部硝子体剥離が起きるときに、硝子体の後ろ側の膜が網膜の上に残ってしまった状態です。この膜の収縮が強くなり黄斑部の網膜がゆがんだ状態になると、カメラのフィルムがゆがんだのと同じ状態になるため物がゆがんで見えます。このゆがみのために視力も低下します。ゆがみが強い、あるいは視力低下が著しい場合は手術が必要になります。

図左 正常な後部硝子体剥離:硝子体がきれいに網膜から外れた状態。

図右 黄斑前膜:後部硝子体剥離の時に硝子体の後ろ側の膜が黄斑部の網膜面上に残ってしまった状態。

図左 正常な黄斑部網膜のOCT(断層撮影)画像:黄斑部はきれいにへこんでいます。

図右 黄斑前膜のOCT画像:黄斑部の網膜上に膜(黄色で示した部分)が残り、その膜が縮んだために網膜がゆがんでしまっている状態。

図左 黄斑前膜の硝子体手術:硝子体をカッターで細断しながら吸引・除去して硝子体の根元(硝子体茎)以外の部分を取り去ります。ほとんどの場合、白内障手術も同時に行います。

図右 黄斑前膜除去:硝子体を取り去ってから、黄斑前膜を除去するための器具を使用して黄斑前膜を剥いて除去します。

図左 手術前の黄斑前膜のOCT画像:黄斑部の網膜上の膜で網膜がゆがんでしまっている状態。

図右  手術で黄斑前膜を除去した後のOCT画像:黄斑前膜が除去されたので網膜のゆがみが減り正常に近い形に戻っています。

図左 黄斑前膜のある眼底写真:薄いセロハンの様な黄斑前膜の不規則な収縮のために網膜が引っ張られてゆがんでいる状態。

図右 手術で黄斑前膜を除去した後の眼底写真:黄斑前膜が除去されて、牽引が解除されたために網膜のゆがみが減り、正常に近い形になっています。

重要:黄斑前膜がきれいに剥がれてもすぐに良く見えるようになるわけではありません。前膜を除去した後、徐々に網膜の形が整っていきます。これは数か月~年の単位での変化であり、その間に徐々に自覚的なゆがみや視力が改善していきます。
黄斑部の状態によっては、膜を除去する操作でむしろ黄斑円孔になりそうになっている場合があります。この場合は手術中の判断で終了時に眼内にガスを注入して術後に数日間のうつぶせが必要となる場合があります。

黄斑円孔の手術

黄斑円孔とは、多くの場合、加齢による後部硝子体剥離が起きるときに、硝子体の後ろ側の膜が黄斑部の網膜を強く上方へ引っ張り、黄斑部が裂けてしまった状態です。黄斑円孔ができると、カメラのフィルムの中心に穴が開いた状態と同等なので見たい部分が見えにくくなります。格子を見ると中心に向かって線が曲がって見えるようになります。

この場合は手術が必要になります。 黄斑円孔は2011年に「Inverted ILM flap technique(内境界膜翻転法)」という手術方法が開発されてから飛躍的に閉鎖しやすくなっており、当院でもこの方法で手術します。

図左 黄斑円孔のでき方:黄斑円孔は加齢による後部硝子体剥離が起きるときに、硝子体の後ろ側の膜が黄斑部の網膜を強く上方へ引っ張り、黄斑部が裂けてしまった状態です。

図右 黄斑円孔の眼底写真:黄斑部の中心に丸く穴が開いています。カメラのフィルムの中心に穴が開いているのと同じため、見たいところが良く見えなくなります。

黄斑円孔の手術:「Inverted ILM flap technique(内境界膜翻転)」では黄斑前膜と同様に硝子体を切除した後、黄斑円孔の周りの網膜の一番上の層をセッシではがします。黄斑前膜の手術とは異なり、膜を黄斑周囲にあえて残し、膜同士が接着しようとする力を利用し黄斑円孔を閉鎖させる方法です。

図左 「inverted ILM flap technique(内境界膜翻転)の手術中の写真: 硝子体セッシを使用して慎重に黄斑周囲の膜を剝がしつつ黄斑周囲に残します。

図右 膜の剥離が終了したら、硝子体内をガスで置き換えます。ガスの力で膜同士を接着させ、より黄斑円孔を閉鎖しやすくするためです。ガスが黄斑に当たりやすくするため4-5日間はうつぶせの姿勢が必要になります。

図左 手術前の黄斑円孔のOCT(網膜断層)画像: 黄斑の中心が裂けて隙間ができています。

図左 黄斑円孔の手術約1か月後のOCT画像: 黄斑円孔は閉鎖しています。

重要:黄斑円孔が閉鎖されてもすぐに良く見えるようになるわけではありません。黄斑円孔が閉鎖されると極端な「格子を見た時の線の曲がり」は改善されます。 その後、徐々に網膜の形が整っていき、数か月~年の単位で自覚的なゆがみや視力が改善していきます。
黄斑円孔が大きい場合や、黄斑円孔が形成されてからの期間が長い場合は手術を行っても黄斑円孔の閉鎖が得られない場合があります。

網膜剥離の手術

裂孔原性網膜剥離は多くの場合、加齢による後部硝子体剥離に伴って起こります。元々、硝子体と網膜の一部が強く接着している部分がある方におこりやすい傾向にあります。後部硝子体剥離の後に、硝子体がその部分の網膜を強く引っ張ってしまい、その部の網膜が裂けてしまいます(網膜裂孔)。避けた網膜の一部を硝子体が継続して眼の内側に引っ張り続けることにより、網膜裂孔から網膜の裏側に液状化した硝子体が流れ込み網膜が剥がれていきます。

剥離した網膜は機能しなくなるため、剥離の進行とともに徐々に周りから中心に向かって見えない部分が広がっていきます。放置すると多くの場合網膜が全て剥がれて失明します。大きく剥がれた網膜剥離の治療方法は手術以外にありません。

図左 網膜剥離の発生過程:硝子体と網膜が強く接着している部分を硝子体が強く引っ張ってしまい(矢印の部分)、その部の網膜が裂けてしまった状態。避けた網膜の一部を硝子体が継続して眼の内側に引っ張り続けることにより、網膜裂孔から網膜の裏側に液状化した硝子体が流れ込み網膜が剥がれていきます。

図右 網膜剥離の眼底写真:主に図の上の部分が網膜剥離となっていて、剥がれた網膜は白っぽく見えます。剥離は周辺側から徐々に中心に向かって進行し、剥離の進行とともに周りから中心に向かって見えない部分が広がっていきます。

網膜剥離の手術方法は大きく、硝子体手術とバックリング手術に分けられます。バックリング手術は主に硝子体がしっかりしている40歳未満で近視が強くない方に有効ですがその他の方の治療は主に硝子体手術で行うことが一般的となっています。当院で主に行う網膜剥離の硝子体手術について説明します。

図左 網膜剥離の硝子体手術:網膜を引っ張っている硝子体を含めて硝子体をしっかり切除します。網膜の裏の液状硝子体を抜いた後に、眼内を空気で満たして網膜をもと通り接着させてから、穴の周りをレーザーし、接着を促します。

図右 網膜剥離の手術後:手術終了時に眼内の空気をSF6ガスに置換します。SF6ガスは数日間眼内でほぼ同じ容積で滞留するので、その間はうつ伏せとなる必要があります。うつ伏せ姿勢により網膜の接着を促します。

図左 網膜剥離の硝子体手術中の写真:網膜を引っ張っている硝子体を含めて硝子体をしっかり切除します。

図右 網膜剥離の硝子体手術中の写真:網膜を引っ張っている硝子体をよく切除した後、網膜の裏の液状硝子体を抜いて、網膜をもと通り接着させてから、穴の周りをレーザーで固めているところ。

図左 網膜剥離のOCT(網膜断層)画像:網膜が剥がれています。

図右  網膜剥離手術後のOCT(網膜断層)画像:網膜は接着しています。

重要:網膜剥離は発症から時間が経過していると、手術を行っても治りにくい状態となります。発症から1週間以内と考えられる場合はほとんどの場合は1回目の手術で網膜は元通りに復位しますが、1か月以上経過している場合では、どこの医療機関で手術しても100%の復位率を得ることは難しくなります。発症から時間が経過すると、網膜の下の液体が粘稠となり、剥がれた網膜に皺ができてその部分に線維が形成されて、一旦網膜を復位させても再度網膜が剥がれる原因となります。

網膜が復位しても、ゆがみや視力低下が残ることがあります。これは手術前に黄斑部の網膜が剥がれていたかどうかや、剥がれてからの期間に大きく影響を受けます。

硝子体出血の手術

硝子体出血は様々な原因で起こりえますが、特に多いのが糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症後、網膜裂孔です。

網膜裂孔による硝子体出血の場合は、上記「網膜剥離の手術」が必要になります。

進行した糖尿病網膜症や、治療されなかった網膜静脈閉塞症では網膜に脆弱で壊れやすい新生血管が生えてきます。この血管から眼内に出血がおこり、硝子体ゼリー内や液状硝子体の部分に滞留した状態が硝子体出血です。出血のため眼内に光がとおらなくなるため視力が低下します。

出血が軽度の場合は自然に吸収されることもありますが、その場合でも出血の原因がなくなったわけではありませんので、再度出血を起こす可能性が高い状態です。濃い出血の場合は自然吸収は期待できないため必然的に手術で除去することが必要になります。

図左 硝子体出血:網膜に生えた新生血管から眼内に出血がおこり、硝子体ゼリー内や液状硝子体の部分に滞留した状態になります。

図右 硝子体出血の眼底写真: 出血のため眼内に光がとおらなくなるため眼底が見えません。

図左 硝子体出血の硝子体手術:出血が滞留した硝子体ゼリーと液化硝子体を切除吸引します。出血の原因の新生血管は可能なら除去します。大事なのは新生血管形成の原因となる循環不全の網膜にレーザーをすることです。

図右 硝子体出血の硝子体手術後の眼底写真: 出血が滞留した硝子体ゼリーと液化硝子体を切除吸引したので眼底が見えるようになりました。血流の悪い部分に手術中にレーザーを追加しました。

図左 糖尿病網膜症の蛍光眼底造影写真:糖尿病網膜症では長い時間をかけて網膜の毛細血管が徐々に閉塞し、造影剤が流れない黒い部分が増えます。そうすると造影剤の漏れる新生血管が形成されます。

図右 糖尿病網膜症の硝子体手術後:中心の良く見える部分を除いて、周辺の血流の良くない網膜は全てレーザーで凝固します。これにより新生血管が新たに形成されることを抑制できます。

重要:糖尿病網膜症が原因の硝子体出血の場合は、硝子体出血を起こしている時点でかなり進行している状態という事になります。糖尿病がしっかりコントロールされていない場合は、手術前に内科での糖尿病コントロールが必要になる場合があります。糖尿病が原因のため、基本的には左右の眼とも同等に進行していきます。このため硝子体出血を起こしていない方の眼もしっかり検査・治療することが必要になります。また、手術後も内科での糖尿病コントロールを継続することが必要で、中断するといくらしっかり手術をしていても糖尿病網膜症が悪化します。

後嚢破嚢・水晶体落下の手術

白内障手術は安全な手術になってきましたが、それでも危険はあります。

後嚢破嚢:水晶体を支えている部分が弱いために、白内障手術中に後嚢が破れることがあります。大きく破れてしまった場合は水晶体嚢の中に眼内レンズを入れられなくなってしまいます。またこの場合、硝子体という眼の中の組織が破れた部分から創口を通って外に飛び出そうとして厄介なことになってしまいます。このため硝子体手術で硝子体を切除してから、安定的に眼内レンズを挿入する方法を検討する必要があります。

水晶体落下:後嚢破嚢が水晶体がまだたくさん残っている段階で起こると水晶体自体が硝子体中に落下する場合があります。放っておくと落下した水晶体のために眼の中に強い炎症が起きてくるため、早急に硝子体手術を行って取り除く必要があります。この場合は硝子体手術をおこない、比較的柔らかい水晶体の場合はカッターで切除・吸引を行い、カッターで処理できない硬い水晶体が落下した場合は水晶体を持ち上げて、白内障手術の傷口から水晶体を眼の外に取り除きます。

図左 後嚢破嚢:白内障手術中に水晶体後嚢が破れてしまうことがあります。大きく破れてしまった場合は水晶体嚢の中に眼内レンズを入れられなくなってしまいます。またこの場合、硝子体が破れた部分から創口を通って外に飛び出そうとしてきます。このために網膜剥離が起きることもあります。

図右 水晶体落下:後嚢破嚢が水晶体がまだたくさん残っている段階で起こると水晶体自体が硝子体中に落下する場合があります。放っておくと落下した水晶体のために眼の中に強い炎症が起きてくるため、早急に硝子体手術を行って取り除く必要があります。

図左 落下した水晶体の手術中の写真:大きな水晶体が網膜の上に落下しています。

図右 水晶体落下の硝子体手術:硝子体の切除と落下した水晶体の処理が必要です。

落下した水晶体を取り除いただけではレンズがないので見えるようになりません。しかしこの場合、眼内レンズを入れる水晶体嚢が破損しているため、安定して眼内レンズを挿入するために工夫が必要になります。


チン氏帯と水晶体の前嚢がしっかりした状態で残っている場合は虹彩と水晶体前嚢の間に眼内レンズの支持部を挿入して固定します。

水晶体嚢が全く残っていない場合や、弱くて使えない場合は、眼内レンズの支持部を強膜の中に固定します。挿入の方法は山根真先生が横浜市立大学に在籍していた当時に考案した「山根式ダブルニードル法」を使用します。ここ数年で術式の簡便さと安定性により世界中に加速度的に広がっている方法です。

図左 眼内レンズ嚢外固定:チン氏帯と水晶体の前嚢がしっかりした状態で残っている場合は虹彩と水晶体前嚢の間に眼内レンズの支持部を挿入して固定します。

図右 山根式ダブルニードル強膜内固定法:眼内レンズの2本の支持部を針の中に入れてから眼外に引き出し、引き出した後に先端を丸くして固定する方法

図左 山根式ダブルニードル法で使用する眼内レンズ:支持部が柔らかく可動性があり、光学部が大きいこの方法に適した眼内レンズを使用します。(参天製薬、NX-70S)

図右 山根式ダブルニードル法での眼内レンズの固定:眼内に入れた2本の針で支持部を眼外に引き出し固定します。

図左 ダブルニードル法の手術中写真:眼内レンズの支持部を細くて(30G)内径の太い特殊な針の中に、眼内で挿入します。

図右 眼内レンズ支持部の眼外への引き出し:2本の支持部を眼内で針の中に挿入したら、2本同時に眼外へ引き出します。

図左 眼内レンズ支持部先端のフランジ作成:引き出した眼内レンズの先端に熱を加えて丸く変形させます。この操作により支持部が眼内に抜け落ちないようになります。

図右 フランジの強膜内への埋没:変形させたフランジを強膜の中に埋没させて終了です。

重要:手術終了時に眼内レンズがしっかり固定されていても、手術後に眼内レンズがずれてきたり、眼内レンズの支持部が脱出してくることがあります。この場合は再度の手術で眼内レンズや支持部の調整を行うことが必要になります。

眼内レンズ偏位・落下の手術

白内障手術後に水晶体嚢の中に入れた眼内レンズが「水晶体嚢ごと」ずれ落ちてきたり、完全に眼内に落下してしまうことがあります。これを眼内レンズ偏位、落下といいます。元々チン氏帯が弱い人などにおこりますが、白内障手術を行ってから10年以上経過して起こることの多い状態です。

この場合は硝子体手術を行って眼内レンズを眼の中から除去することが必要です。水晶体嚢が全く残っていないので、眼内レンズの挿入方法は「山根式ダブルニードル法」となります。上述の水晶体の落下の項目を参照ください。

図左 眼内レンズ偏位:眼内レンズが水晶体嚢ごと下方にずれてしまった状態

偏位:眼内レンズが水晶体嚢ごと下方にずれてしまった状態の模式図

図左 眼内レンズ落下:眼内レンズが水晶体嚢ごと完全に眼内に落ちてしまった状態。

図左 眼内レンズ落下:眼内レンズが水晶体嚢ごと完全に眼内に落ちてしまった状態の模式図。

図左 硝子体手術中の落下眼内レンズの状態:眼内レンズが水晶体ごと眼内に落下している。

図右 硝子体手術中で落下眼内レンズを取り除いた状態:落下した眼内レンズが除去されています。

術後眼内炎の硝子体手術

白内障手術、硝子体手術、緑内障手術などの眼内操作のある手術の後に眼の中で細菌が増殖し、化膿した状態になるのが術後眼内炎です。眼球の内部に細菌が入ると眼内炎を発症してしまいます。白内障術後の眼内炎には急性と遅発性の2つのタイプがあり、急性眼内炎は術翌日~数日に発症し、自覚症状としては術後3日前後に眼痛、羞明に続き視力低下がみられます。一方遅発性眼内炎は術後2~数ヶ月後に発症し、自覚症状としては視力低下、充血、眼痛がみられます。一度眼内炎になると元の視力に戻ることは難しく、最悪の場合失明に至ります。

図左 白内障の創口から侵入した細菌が眼の中で増殖し化膿した状態。放置するとあっという間に網膜の組織が破壊され失明します。

図右 眼内炎が発症したと判断された場合、可能な限り早急に硝子体手術を行って細菌増殖の温床となる硝子体を除去するとともに、眼の中を強力な抗菌剤で還流し細菌を壊す必要があります。

術後眼内炎の治療は強力な抗菌薬であるバンコマイシンと第3世代のセフェム系薬(セフタジジム)を組み合わせ、これらの抗菌薬を添加した灌流液を用いた硝子体手術が主力療法です。眼内レンズや水晶体嚢の摘出が必要な場合があります。早期に発見してこれらの治療を行えば失明を避けられる場合があります。

最も大事なことは、術後の感染予防対策をしっかり行い、術後眼内炎を発症させないことです。

硝子体手術の麻酔

基本的には白内障手術の麻酔と同じで点眼麻酔+テノン嚢下麻酔で行います。

白内障手術は5-10分程度ですが、硝子体手術は黄斑前膜や黄斑円孔手術は20-30分、網膜剥離手術は1時間以上となるため、白内障手術時よりテノン嚢下麻酔に使用する麻酔の量が多くなります。

硝子体手術の合併症

➀ 硝子体(再)出血:手術後、硝子体中に出血を起こすことがあります。しかし、一般的には1~2週間程度で自然に吸収されます。それ以降も吸収されない場合は再手術が必要となります。

➁ 網膜裂孔、網膜剥離:硝子体手術は網膜のごく近くの操作が多く、硝子体手術に伴い、網膜を傷つけ穴があいたり、その穴から網膜剥離が生じたりします。手術中に生じた場合はその場で適切な処置をしますが、眼の中にガスを入れるため、手術後うつむき姿勢を要することがあります。また手術後になって発生する場合もあり、その場合は網膜剥離を治すために再手術が必要となります。

➂ 増殖硝子体網膜症:硝子体手術後に悪性の網膜剥離(増殖硝子体網膜症)が起こることが希にあります。この網膜剥離は増殖により網膜のシワに線維が張り付いてしまうため、手術によっても治せないことがあり、また治っても高度の視力障害をもたらします。硝子体手術後の失明の多くはこの病気の併発によります。

④ 眼圧上昇:硝子体手術の後に一過性の眼圧上昇が起こることがあります。たいていの場合は緑内障点眼、内服、点滴などでコントロールできます。また糖尿病網膜症などの手術後には血管新生緑内障という悪性の緑内障が起こることがあり、この場合、治療が非常に困難で、失明に至る可能性があります。

⑤駆出性出血:すべての眼科手術に起こる可能性のある合併症です。網膜の外側の脈絡膜というところから急に出血がおこりだします。この出血の勢いは非常に強いため、旦起こりだすと止めることが難しいものです。最終的に失明に至る可能性が高く、眼球摘出を必要とする場合があります。

⑥眼内炎:手術後に細菌感染のため眼内炎を起こすことがあり、失明の可能性もあります。この場合眼内炎に対し処置、手術する必要があります。

*免疫抑制剤の内服・注射などを行っている方はあらかじめ当院医師か看護師にお伝えください。強い免疫抑制状態にある場合は術後眼内炎のを起こしやすくなる場合があるため手術のタイミング等につきよく検討させて頂きます。

⑦眼球癆:合併症により失明に至った場合、眼球が縮んだり、角膜が白く濁ったり、結膜の充血が取れなかったりします。この場合、美容的な観点から義眼の装用が必要になる場合があります。